大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)303号 決定 1962年11月12日
抗告人 小川昇 小川哲弘
訴訟代理人 八代俊雄
相手方 葛島孝夫
訴訟代理人 長沢泰一郎
主文
抗告人小川昇の本件抗告はこれを棄却し、同小川哲弘の本件抗告はこれを却下する。
抗告費用は抗告人等の負担とする。
理由
抗告人小川昇の本件抗告理由の要旨は、頭書の不動産引渡命令で引渡を命ぜられている物件は、昭和三六年七月一四日相手方が競落してその所有権を取得したが、これより先抗告人等は昭和三五年七月以降前所有者橋爪との間の賃料を一ケ月金二、〇〇〇円とする賃貸借契約に基きその占有使用を継続して現在に及んでいる。従つて抗告人等は借家法第一条に基き新に所有者となつた相手方に対し賃借権を対抗しうるものであるから本件引渡命令は不当であると云うのである。
よつて按ずるに、一件記録によれば、本件引渡命令の目的物件はもと申立外橋爪正雄の所有であつたこと、同人に対する債権者中小企業金融公庫は右物件に対する昭和三四年七月二〇日登記にかかる第一審抵当権に基き競売申立をなし昭和三五年一〇月四日競売申立の登記次いで同月一二日右橋爪に対し競売開始決定の送達がなされたこと、昭和三六年七月一四日右物件は相手方に対し競落許可になり、同年八月一八日相手方に於て所有権取得登記をなしたこと、相手方は昭和三六年九月一五日付の右橋爪に対する不動産引渡命令を得て執行に着手したところ、抗告人等が本件家屋に居住しており執行吏は右橋爪に対する引渡命令を以てしては執行をなし得ないものとして執行を中止したこと、よつて相手方は抗告人等に対し不動産引渡命令を求め、原審は神戸地方裁判所姫路支部昭和三六年(ヲ)第四九四号として昭和三六年一〇月三〇日本件不動産引渡命令をなし同年一一月一日抗告人小川昇に送達告知せられたが、抗告人小川哲弘に対しては送達不能となつたことが明らかである。
抗告人小川昇は昭和三五年七月以降前所有者橋爪との間の賃貸借契約に基き占有使用を継続し現在に及んでいると主張するが、原審における橋爪正雄、抗告人小川昇各審尋の結果中、同抗告人の主張に副う部分は、記録中の昭和三五年一〇月五日付執行吏藤森喜代平作成の不動産賃貸借関係取調報告書に徴し、たやすく信用し難く、却て右橋爪正雄審尋の結果の一部によれば、抗告人等は昭和三六年八月頃橋爪から本件家屋の占有移転を受けてこれに居住し始めたものと認めるのが相当である。
而して凡そ家屋に対する抵当権設定登記(本件においては昭和三四年七月二〇日)後にその家屋につき引渡を受けた(民法第三九五条の賃借権の登記は借家法との関係では引渡と読替えられる。)賃貸借も、それが民法第六〇二条に定められた期間内のものであるときは、(本件においては賃貸借期間についての主張立証なくこの点不明であるけれども、一応期間の定めのない賃貸借を主張するものとし、且つかかる賃貸借は短期賃貸借に該当するとの前提に立つこととする。)同法第三九五条により抵当権者に対抗することができるか、それがためには右引渡は販売開始による差押の効力発生前に完了することを要件とする。蓋し若しその引渡を受けた時期(本件では昭和三六年八月中)が競売申立登記または販売開始決定の債務者への送達(本件では昭和三五年一〇月四日、同月一二日)より後であるときは、右登記または送達による差押の効力に妨げられ、引渡を受けたこと即ち占有権の承継取得を以て、抵当権者に対抗することができず、従つてまた抵当権実行の結果抵当家屋を取得した競落人にも対抗することができないからである。結局抗告人小川昇が本件家屋の占有権を承継取得したのが本件家屋に対する差押効力発生後であることは右に説明したところから明らかであり、抗告人小川昇は、賃貸借による本件家屋の占有権の承継を抵当権者従つて競落人たる相手方に対抗し得ないものであるから、同人に対し、賃借権を対抗するに由なく、本件引渡命令は適法である。
なお抗告人小川哲弘に対しては本件引渡命令の送達は不能に帰したこと記録上明らかであつて他に同人に対し適法にこれが告知せられた形跡を認めるに足る資科もないから、同人に対しては未だ本件引渡命令は効力を生じていないものであり、同人のなした本件抗告は不適法であるからこれを却下する。
よつて抗告費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり決定した。
(裁判長裁判官 田中正雄 裁判官 宅間達彦 裁判官 井上三郎)